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釧路地方裁判所 昭和31年(行)2号 判決 1957年4月10日

原告 渡部栄

被告 丸瀬布町議会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告は被告が昭和三十一年二月二十三日なした原告を丸瀬布町議会議員から除名する旨の議決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、被告は主文と同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

原告は請求の原因として、原告は昭和三十年五月一日から被告議会の議員であつたが、被告は昭和三十一年二月二十三日の臨時議会において、原告の議会における発言中に議会を冒涜し議会の体面を涜すものがありかつその情状が特に重いとの理由で原告を被告議会の議員より除名する旨の決議をしたが、原告がそのような発言をしたことはなく、従つて本件除名決議は違法であるからその取消を求めると述べ、被告の答弁事実は否認すると述べた。

被告は答弁として、原告がその主張の日時から被告議会の議員であつたこと及び被告が原告主張の日時に開催された議会において、その主張のような理由により原告を議員より除名する議決をしたことは認める。しかして、右除名処分の基礎となつた事由は次のとおりである。即ち丸瀬布町は昭和三十年十二月その所有山林の焼跡を整理して造林をなすべき計画のもとに焼跡地に存する立木を原告に売渡したところ、その後の調査により、原告が明らかに契約の範囲外である町有林を故意に盗伐している事実が明瞭になつたので、昭和三十一年二月九日契約違反を理由に右売買契約を解除することとし、原告もこれに同意し、以後原告は造材事業を中止することとなつたが、被告は原告がその使用人夫から未払労働賃金の早期支払をせまられている事情を考慮し、原告及びその使用人夫のため、同月二十一日の町有林整理特別委員会において原告立会の上原告が造材に要した事業費を見積り査定し、これと原告が盗伐材の売渡先である訴外仲屋文作から既に受領し、もしくは受領し得べき売却代金との差額である不足額を原告のため町において一時負担支出し、もつて原告が前記労賃を速かに人夫に支払えるよう町が援助する旨の好意的な解決案を原告に示し、これに対し原告も自己に労賃の支払義務あることを認め、右解決案を承認したにもかかわらず、原告は同月二十三日の臨時議会に突如文書をもつて右解決案による責任は負えない旨の申入れを行い、かつ、議員資格に基く一身上の弁明に際しても全く反省の態度なく、労賃は町当局が支払うべきで自分に責任はない旨前言をひるがえす発言をし、もつて議場を騒然たらしめた。このようにして原告は、被告が本件盗伐の調査整理のため、それぞれ数回にわたり調査特別委員会、整理特別委員会及び本会議を開き、解決に努力した結果ようやく到達し得た前記解決案を一片の反古たらしめ本件盗伐問題を振出した逆行させた次第で、議会を嘲ろうすること甚だしく、右発言は議会を冒涜し議会の体面を汚しその情状特に重いものと認められるので被告議会会議規則第百四十六条により原告を除名処分に附した次第であるから何等違法ではないと述べた。

第三、(立証省略)

理由

原告が昭和三十年五月一日から被告議会の議員であつたこと及び被告が昭和三十一年二月二十三日の臨時議会において、原告の議会における発言中に議会を冒涜し議会の体面を汚すものがありかつその情状が特に重いとの理由で原告を被告議会議員より除名する旨の決議をしたことは当事者間に争がない。

原告は、右処分事由に云うような発言をしたことはないから右除名議決は違法である旨主張するので考えてみるに、いずれも成立に争ない乙第一号証、同第三ないし第七号証に証人後藤貞一、同三沢重光(二回)、同高橋正治の各証言、原告本人尋問及び被告代表者尋問の各結果を総合すると次のような事実を認めることができる。即ち、丸瀬布町は昭和三十年十二月五日その所有山林の焼跡を整理して造林をなすべき計画のもとに、町有林約四十町歩の焼跡地に存する立木を代金十一万円で原告に売渡したところ、その後原告に不法伐採の事実があるとの噂が立つたため、昭和三十一年一月中旬頃町長の諮問機関たる林業委員会が原告立会の上現地調査をしたところ盗伐の事実を認めたので同月二十五日議会において本問題を調査のための調査特別委員会が組織され、現地につき更に原告の立会指示のもとに調査を重ねた結果、原告は林業委員として本件山林売渡の前提とされた前記造林計画の樹立に参加し、かつ右売買契約後間もなく町が売主として行つた売渡山林の範囲を画するための周測に立会い、従つて売渡立木の種類、範囲を現地につき充分了知しておりながら、周測外の立木及び契約において除外された生立木を相当量故意に伐採しこれを訴外仲屋文作方に搬出している事実が明らかになつた。そこで同委員会は同年二月四日右事実を議会に報告し、議会は契約違反を理由に売買契約を解除することに決し、同月六日この旨原告に対し町長名義で通告したが、原告は伐採搬出を止めず、同委員会が更に同月九月原告の出頭を求め、重ねて議会の右決議の趣旨を伝えるに及んで原告は契約の解除を承諾し、以後造材事業を中止し既に搬出した材はこれを全部町に帰属せしめることを了承し、その旨の承諾書を町長に差入れた。このようにして一応調査の段階が終了し、同月十一日の議会において、本問題整理のための整理特別委員会が新たに組織されたが、同委員会は、本件を司法機関に告訴し又は原告に対し損害賠償の請求をする前に、まず不法に伐採搬出された材を確保し、かつ原告が伐採事業に使用した造材人夫に対する未払賃金数十万円を早急に支払うことをもつて先決問題と考え、調査を進めたところ、原告は伐材を訴外仲屋文作に金百十四万余円で売却したが未だ内金三十万余円を受領しているにすぎぬとの関係人の供述であつたので、原告の代金受領額がその程度のものであるなら、町が仲屋から材の返還を受けるか、もしくは未受領代金の支払を受け、もつて町の責任において未払賃金を支払うことができるであろうとの考えのもとに、原告に対し賃金支払状況を明瞭にした書面の提出を求める一方、町長が右趣旨を同月十一日の議会で表明したこともあつたところ、その後同委員会が仲屋と接渉調査を重ねるに従い、材は既に仲屋から他に転売されているため町がその返還を受けることはできず又代金も原告が既に仲屋から金百四万余円受領済であることが明らかになつた。ここにおいて、町の責任において未払賃金を支払うとの右解決案は実行不能に帰したが、同委員会は、賃金支払問題が労働者の生活維持の観点からもはや猶予を許されないことを考え、同月二十一日原告の出頭を求め、委員会の度々の要求により同日に至つてようやく原告から提出された事業精算書を検討したところ、その内容は事業予算の見積の程度を出ず、正確な事業内容及び賃金支払の状況を知ることのできない不完全なものにすぎなかつたため、同委員会は止むをえず本件事業費を種々の資料に基きかつ原告の利益になるよう通常考えられるより多額の金百二十一万余円と査定し、この金員と原告が仲屋から既に受領しもしくは受領しうべき前記金百十四万余円との差額金六万余円を町が原告のため負担支出し、もつて原告がその責任において賃金支払を早急になしうるよう解決案を作成し、これを原告に示したところ、原告は自己に賃金の支払義務あることを認め、なお町において一時未払賃金の全額を立替えてほしい旨要望したが、原告において既に仲屋から代金の大部分を受領済である以上町として前記差額金の支出以外の右のような要望には応じられない旨拒否されたため、原告としては、当然のことながら、それ以上右立替要求を固執せず、かようにして右解決案はまとまつたのである。しかるに原告は、右解決案の報告審議のための同月二十三日の臨時議会に、突如、議長宛二十一日の委員会で承認した解決案の責任は負えない、賃金は町が支払うべきである旨の文書を提出し、更にその直後、議員資格に基く一身上の弁明にあたつては、反省の色なく、町長が前記認定のような当時の情勢のもとに、同月十一日の議会で、町が賃金支払の責任をもつ旨述べた事実を唯一の根拠として右文書と同趣旨の発言をしたのみでなく、そもそも契約範囲外の立木を伐採した覚えはないとの発言をさえするに至つた事実を認めることができる。原告本人尋問の結果中、右の認定に反する部分は措信できない。

右認定の事実より考えてみると、原告は、被告が本件問題の調査収拾のため調査特別委員会、整理特別委員会及び本会議をそれぞれ数回にわたり開催し、事件の円満解決と賃金の早急支払のための解決案の作成に払つた好意的な多大の努力に対し、特に反省と協力の態度をもつて応えることもなく、その上整理特別委員会が慎重審議の結果最終の段階において到達し得た前記解決案を一度承諾したにかかわらず、未だ数日を経ない臨時議会において、特段の事由がないのに拘らず右承諾をくつがえし、あまつさえ、契約違反事実の有無にまでさかのぼつてこれを否定し去り、もつて右解決案を一片の反古たらしめ、本件問題を振出しに逆行させたもので、このようなことは、いやしくも議員として議会を嘲ろうすること甚だしく、原告の議会における前記認定のごとき発言は議会を冒涜しその体面を汚すもので、しかもその情状は特に重いものといわざるをえない。

従つて、被告議会会議規則第百四十六条による被告の本件除名決議は違法でなく、右決議の取消を求める原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本金彌 桜井敏雄 有重保)

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